故梅谷利治さんの遺作の試し揚げ

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2020年11月28日(土)葛飾・堀切水辺公園に催した堀切凧揚げ会で修復後、試し揚げするだけとなっていた、函館市独創的な凧(たこ)作りを続けた故梅谷利治さん(1929~2017年)の作品2点の試し揚げです。

10月28日にだいぶ傷んでいた凧は、修復を終え、試し揚げするだけとなっていましたが、これまで風に恵まれなく揚げることができませんでした。

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展示会で展示されている馬を描かれた5連凧〈オラシオン〉

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平成14年1月20日新潟三越で、函館、青森物産展での5連凧〈オラシオン〉と故梅谷利治さん

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強風の中、舞う〈オラシオン〉

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大空仮面 45連凧

一枚一枚、大変手間をかけて制作されている凧ですが、少し重く、翼骨が弱く、ある程度の風が要するのと、強い風に耐えられない翼骨で揚げるには難しい凧となっています。
安定性も悪いこともあって、大幅に改良が必要となっています。


梅谷利治 (うめやとしはる)(1929~2017年)
梅谷さんは1929年、北海道函館生まれ。旧制市立中学校出身。旧陸軍特別幹部候補生として、八戸で航空機の操縦訓練を受けいている時に終戦を迎えた。60年から母校でもある旧東高に勤務し、授業にたこづくりを取り入れ、退職後は創作凧(だこ)研究所「創作凧治工房」を主宰。半世紀近くの創作活動で、干支だこだけでも3順するなど、数多くの作品を残した。

今年最後の堀切凧揚げ会

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2020年11月28日(土)葛飾・堀切水辺公園で毎週土曜日に凧揚げ大好きなオヤジ達が集って凧揚げをしていますが、東京都の新型コロナウイルスの感染者が新たに561人確認されたと発表されました。1日あたりの感染者が500人を上回るのは2日連続となるわけで、凧揚げをしているオヤジ達も高齢者が多く、自粛しなければならないと判断いたしまして今年は今回で最後の凧揚げ会となります。

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快晴ですが、風がとても強く凧揚げには難儀なものとなりました。

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久々のスピリットカイトの試作品で上の凧には、千手観音像が描かれています。

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30数年前の米国産のカイト

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Y氏の独創的なカイト

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S氏とSa氏が小生の凧が墜落したことを教えてくれてます。
多目的大型デルタカイトの翼骨が強風で折れました。

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Sa氏の飛行機凧

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N氏のメッセージ凧

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馬を描かれた5連凧〈オラシオン〉
創作凧治工房の独創的な凧作りを続けた故梅谷利治さん(1929~2017年)の作品

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同じく故梅谷利治さんの独創的な45連凧

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最終回に参加してくれたメンバー



新型コロナウイルス感染拡大が止まりません。これまで疫病退散を願って凧揚げをしてきましたが残念でなりません。


仮設の凧の博物館

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日本橋の再開発のため、たいめいけんの5階に併設されていた「凧の博物館」10月19日に閉館となりましたが、11月8日に仮設ですが再開館しましたので、そのようすを紹介いたします
移転となった場所は、中央区日本橋室町1-8-3 室町NSビル2階で日本橋の再開発が完成までの約5年間を開館いたします。

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「日本橋たいめいけん」です。ここでの営業は10月19日に終了しており、ここも解体されます。ちなみに来年3月初旬から日本橋室町の仮店舗で営業再開予定となっており、再開発ビルが完成後にはこの地に戻って来る予定となっています。どの街区に店が戻って来るのかは不明です。
たいめいけん前の道路ももちろん封鎖されています。

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日本橋のすぐ近くにあります。

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凧の博物館入口

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入ると茂出木心護さんの胸像があります。

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吉永明夫さんと事務局の福岡正巳さん

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堀切中生徒作成小凧展示会

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堀切中学校生徒手作り凧作品展が地区センターにて開催。
堀切大凧揚げ大会実行委員会主催、堀切中学校生徒さんの手作りによる小凧展示会です。
葛飾・堀切菖蒲園駅近くの堀切地区センター1階ロビーにて11月27日まで。

指導に清水廣之さん中村 明さんが受け持っています。

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堀切地区センター

作品は美術授業の一環として制作したものを展示。

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大型の六角凧が展示されています。

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生徒さん達が想いを込めた1文字を凧に表してます。

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昨年同様に地域の皆様の御投票により、優れた作品(学年各1名)を表彰させて頂きます。



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『第13回堀切大凧揚げ大会』の概要について。
第13回大会は、新型コロナウイルスの影響により、
堀切中学校生徒のみの参加となります。
一般の方参加の凧揚げ参加、小凧販売、模擬店出店、警察、消防のアトラクション等は、中止にさせて頂きます。コロナの動向により、大会全般中止の場合もあります。

秋季堀切凧揚げ会3回目

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2020年11月21日(土)晴れ、葛飾・堀切水辺公園(荒川河川敷)で凧揚げ大好きなオヤジ達が集って凧を揚げました。
しかし、昼頃は、強風で様子待ち、午後3時過ぎ頃から凧揚げができた。

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退院間もないこともあって、遅くなりました。待っていたのは、常連のお二人
お礼に「ほりきり煎餅」を差し上げました。手焼き煎餅なので美味しい。

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風が強くて凧の尾にススキの枝を付けて調整しています。

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Y氏も風が強くて凧揚げに苦戦。N氏も揚げても落ちての繰り返しであきらめ顔。

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N氏のメッセージ凧

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Y氏の独創的なパッチワークカイト
持参した凧も半分も揚げることができません。

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Sa氏も揚げるのに必死です。

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試し揚げの凧も揚げるのも風が強いので大変です。糸を調整しています。

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新型コロナ感染拡大防止キャンペーン中です。

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大型デルタカイトに30メートルの尾を付けています。

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S氏の万国旗の84連凧
風が強いので半分も揚げていません。

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親子で凧揚げしてますよ。

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陽が沈みます。



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帝京科学大前からの東京スカイツリー

病院のトイレで見つけた凧のマークの衛生器具

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日本カルミック(株)のトイレットシートクリーナー

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紙では素通りする病原菌も拭くだけで除菌、洋式トイレの便座衛生には欠かせません。
カルミックの便座除菌クリーナーなら、簡単かつ効果的な除菌が可能です。
オフィスビル・ホテル・官公庁等に向けて、ウォッシュルームの各種衛生製品や衛生設備等に

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本社・千代田区九段
日本カルミックは、世界で有数な動物用医薬品企業の共立製薬と英国に本社を置く世界最大級の環境衛生マネージメント企業のレントキル・イニシャル社との合弁会社ですね。

すべての病院などの他で、見ることができるものです。当たり前のように設置してありますので社名まで確認することは、ほとんどありませんでした。
たまたまトイレで凧を社名マークに使用しているのを初めて拝見したのですが調べると大きな企業なんです。取り扱っている多くの器具もトイレなどで普段、見慣れているものばかりなので驚きです。

凧をマークに使用している由来は知りませんが、愛らしく感じるのは私だけでしょうか。
他にも探せばあるかもね。

大学病院の病院食

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持病の検査入院で板橋にある日本大学医学部付属板橋病院に10日間入院してきました。
入院する前に、唾液によるPCR検査をしなければなりませんでした。結果は陰性で無事入院することができました。

今回は、入院生活で楽しみというと、やはり、食事ですよね。病院食は、美味しくないと思われがちですが、想像以上に美味しくいただきました。

途中からですが病院食です。

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以上が朝食です。

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以上が昼食です。

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以上が夕食です。

小生の場合は、年齢のこともあって、エネルギーコントロール食は、一日塩分6g
米飯150gとなっていました。

今回の検査で少々問題が発見されましたが処置もうまくいきまして、無事に退院できました。

新型コロナの感染防止に家族でも面会は禁止となっていまして、病院の雰囲気はピリピリしたものを感じましたね。
患者の受け入れも制限しているようでベットが満室になるようなことはしていないようです。
逆に考えれば、入院するなら、この時期なら良いのかもしれません。
先生も看護士さんの細かい配慮もコロナ騒ぎが幸いしているかも

秋季堀切凧揚げ会2回目

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2020年11月7日(土)曇り、天気予報だと夕方から小雨となっていたけど、降らず、昼過ぎのやや弱い風があった程度で弱風から無風となりました。
最近、風に恵まれないようです。

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第9回 葛飾ふ~てんマラソン
未就学児、親+子(5歳~小6年生)、5歳~小学6年生、中学生以上、高校生以上、18歳以上
いつも、凧揚げをしている場所で開催されていました。

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第9回 葛飾ふ~てんマラソン

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堀切ジャンクションとミラ-120連凧

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S氏の揚げた凧

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Sa氏の揚げた凧

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Y氏の独創的な凧

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秋の空に凧が揚がる
午後3時頃から風が強くなるとの天気予報であったが、結局、無風で終わる。


渥美清さんのこと書いた懐かしいブログ

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2018年09月06日
『男はつらいよ』来年50周年新作映画を公開へ
https://69491180.at.webry.info/201809/article_5.html

1969年に第1作が公開され、渥美清さん主演で49作(97年)まで続いた不朽の名作『男はつらいよ』が、誕生50周年を迎える来夏頃に“50作目”となる新作映画を公開することが6日、都内で行われた『50周年プロジェクト』会見で発表された。“22年ぶり”となる新作には、シリーズ全49作を4Kデジタル修復した映像と、新たに撮影される映像が使用されます。

渥美清さんは、生まれは、台東区上野だが1936年一家で板橋区志村清水町に転居。それに伴い、志村第一尋常小学校へ転入。
ブログにこのことを紹介しています。
寅さんは志村小学校の卒業生
https://69491180.at.webry.info/200810/article_22.html

2008年10月22日
寅さんは志村小学校の卒業生

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寅さんのこと、以外にも詳細に書かれています。
寅さんとなると葛飾・柴又ですね。つい最近、凧揚げ会場のことで訪れたばかりでした。

ブログを始めた頃のブログを読み返しています

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2013年04月22日東京のいいやん
自己紹介から始まります。
https://69491180.at.webry.info/201304/article_9.html

スーパーの紹介では、「ビッグ・エー」の本社はすぐ近くにあります。「コスモイイダ」も近くの滝野川に本社がある。「よしや」も中板橋が本店だ。
残念なのが大山の「よしや」と「みらべる」が道路拡張でなくなる?
その道路拡張計画でハッピーロード大山のアーケードは真ん中で別れてしまうので、どうなんってしまうのか?

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全長約500mのアーケード商店街で、商店数200店舗以上、1日の商店街利用者は約3万5000人、周辺人口は数万人、商店街に内包されている東武東上線大山駅の1日の乗降者数は5万人以上と、廃れる要素の少ない将来安泰な商店街と見られていました。
ところが、この商店街は今、「大規模都市開発」により廃れるどころか消滅の恐れすら抱えているのです。

100円ショップで有名な「キャンドゥ」は、板橋が発祥となってますね。

調べたら板橋区出身の有名人は結構多いですね。追記します。

腹話術のいっこく堂さんは、神奈川県生まれの沖縄育ちですが、板橋の大山の駅近くにご家族で住んでいて、何度かご家族をお見かけしました。
石橋貴明さんは、板橋の成増生まれ。板橋区稲荷台にある中高一貫教育の私立中学・高等学校卒業。

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田中瞳、辻希美(旦那様の杉浦太陽と凧揚げ大会でお会いしてます)、金ちゃん(鬼越トマホーク)、永山瑛太(瑛太)、清野とおる、稲垣吾郎、小木博明、生田智子(1996年に中山雅史さんとご結婚)、三原じゅん子、桜沢エリカ、大川豊、石橋貴明、山田邦子、阿部祐二、酒井和歌子(栃木県生)、ちあきなおみ(中板橋)、エスパー伊東、峰岸みなみ(AKB48)、野呂佳代(元AKB)、寺田農(都立志村高校卒)、江守徹(志村1中卒)、山田詠美(直木賞作家)、内藤ヤスコ(志村3中卒)、佐藤太清(画家)、桜井徳太郎(民俗学者)、鈴木亜久里(レーサー)。
中山美穂・中山忍(下板橋に中学生の頃住まれていた)下板橋には、お笑い芸人の土田晃之が住んでいた。一青窈(台湾の幼稚園を卒業後、成増に移住)。
“壁ドン”の火付け役になった山崎賢人の出身中学校や高校は公表されていませんが、実家は東京都板橋区志村とされています。
都立板橋高校卒業の永井豪は、母校をモデルにして、「ハレンチ学園」を描いている。
都立板橋高校卒業の有名人では、よしもとばなな(小説家)、井上雅彦(小説家)、奥貫薫(俳優)、古谷一行(俳優)、工藤静香(歌手)、柴咲コウ(近くの要町で矢作兼と同級生)、松村雄基(俳優)、村野武範(俳優)、奈良陽(アナウンサー)。
ハッピーロード大山」というアーケードのマスコットキャラクター「みらいくんとゆめこちゃん」の名付け親が、 元日本一有名なホストで、現在はタレントで俳優の城咲仁。 彼の実家も大山にあり、現在も両親が、ラーメン店「丸鶴」を開いている。
アーケードの裏手に、茶の水女子大の大山寮があり、 女子大生の柴門ふみ(漫画家)が寄宿しながら、弘兼憲史のアシスタントとして働いていた。 その後、漫画家として、「P.S.元気です、俊平」でデビュー。そこには、ハッピーロード商店街や大山駅も登場する。大山寮には、小生の娘も寄宿していた。
大谷口は、歌手故ヒデとロザンナのヒデ、こと出門英の実家がある。
かつて、ボクシングのWBAスーパーフライ級の世界チャンピオンだった鬼塚勝也も、 東京で最初に住んだのが大谷口だった。
さらに、元WBA世界ミドル級王者の竹原慎二も住み、通った沖ジムは常盤台にあった。
古館一郎さんも小豆沢附近に住んでいると言う。
仲宿辺りには、「欽どこ」のお母さん役、真屋順子が住んでいた。
日本の大御所的存在の杉良太郎も、 まだまだ無名の頃、板橋に住んでいた。
さらに、世界的冒険家、故植村直己。現在も蓮根には、「植村直己記念館」もある。

なお、敬称は略させていただきました。

あと、趣味の凧揚げ。懐かしい。

戸田橋から川口・三領運動場

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2020年11月4日(水)晴れ、北風が試し揚げに適しているので、川口・三領運動場まで行きました。
しかし、到着した頃の三領運動場は微風で試し揚げしたい凧には弱すぎるので断念。
気象庁は東京地方で木枯らし1号が吹いたと発表したけど

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10月30日にも試し揚げに行きましたが、やはり風が弱くて揚げることができませんでした。
三領運動場の事は、その時のブログをご覧ください。
川口・三領運動場で試し揚げ
https://69491180.at.webry.info/202011/article_2.html

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戸田橋から途中の荒川河川敷では、昨年の台風19号で川底が低下したため、護岸を保護する工事をしていました。

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いつも凧を揚げているお二人

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お二人が揚げていた弱風用凧
風速1~1.5ぐらいしかありませんが良く揚がっています。

凧談義で時間を潰すが、待てど風は無風になっただけで、諦めて帰ることにしました。

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夕日に映る戸田橋

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戸田橋からの夕日が綺麗







武蔵野中央公園のツィッターに掲載される

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10月29日(木)西東京市役所へ行った帰りに都立武蔵野中央公園に立ち寄り、連凧を揚げてきましたが、その時の様子を都立武蔵野中央公園のツィッターに掲載されていましたので紹介します。

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都立武蔵野中央公園
https://twitter.com/ParksMusashityu
@ParksMusashityu
午後3:19 · 2020年10月29日
澄んだ青空の中、連だこが風にのり優雅になびいていました。この名人に伺うと、手作りで53枚の連だこは「疫病退散」祈願とのこと。滋賀県の東近江大凧会館で展示されたそう。「コロナが終息するように」と思いを込めて作ったそうです。
(武蔵野中央公園の記事)

ブログに掲載したいのでということで取材に応じました。
正月の凧揚げ大会のイベントでは、お世話になっている公園です。

秋季堀切凧揚げ会

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2020年10月31日(土)東京の下町葛飾・堀切水辺公園(荒川河川敷)で凧揚げ大好きなオヤジ達が集って凧揚げをしました。
日中は暖かい秋晴れとなりましたが、ただ、残念なのが、風が弱く思うように揚げることができませんでした。

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Y氏の独創的オリジナルカイト

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お魚の凧。弱風でも良く揚がります。

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Sa氏の二重連凧

このほかに、ミラ-130連凧、S氏の万国旗100連凧、N氏の白い連凧など揚がったのですが、撮影できませんでした。撮影できなかったのは、ミラ-130連凧の複雑な絡みが原因で絡んだ状態で撤収に手間が掛かった為でした。




暖かい陽射しに誘われてチビッ子と親が大勢遊びに来られていましたね。

小生は暖かくて、凧揚げよりも眠気と戦っていました。

川口・三領運動場で試し揚げ

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2020年10月30日、久々に川口・三領運動場で試し揚げに出かけました。
ホームグランドである荒川戸田橋緑地公園は、北風だと高圧線があるために避けなければなりません。そこで北風でも余裕の広さがある三領運動場へ出かけました。

三領運動場は埼玉県川口市西部地区に位置し、荒川左岸築堤改修工事に伴い市民のスポーツ・レクリェーション活動の普及発展に資する事を目的として整備され、川口市立西スポーツセンターが管理するポーツ施設です。京浜東北線西川口駅西口より徒歩20分、荒川河川敷の一画にソフトボール場(2面)、サッカー場があり年間利用人数は1万1千人以上で利用団体数も270団体を超えています。

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三領運動場のそばには、三領水門と三領排水機場水門があります。
菖蒲川と荒川本流の合流地点で、バスをはじめとする様々な魚を見ることができます。
その魚影の濃さ故に、荒川でバス釣りをする人なら一度は耳にしたことがあるほどの有名ポイントです。
東京都と埼玉県の境ということもあり、周囲は都市化が進んでいるため駐車スペースはありません。
荒川堤防公園として、グラウンド利用者、ウォーキングを楽しむ人が多くいます。

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先客が凧を揚げていました。

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釣り、尺八、横笛など多趣味の村山氏です。2019年5月にスポーツカイトを揚げていたの切っ掛けに知り合いました。毎日のように来ています。

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故梅谷利治さん作品である馬を描かれた5連凧〈オラシオン〉と大空仮面 45連凧+1枚の修復後の試し揚げをしたいと思っていたのですが、風が弱くて断念しました。
大空仮面の凧の一枚を揚げた時のものです。
凧が少し重いようです。


アクセスは川口駅から2キロとまあ徒歩圏。私は浮間舟渡駅から1時間弱歩いたが、埼京線でも来ることはできる。バスが1時間に2~3本出ているので、時間を前もって調べておけばバスも使えるだろう。タクシー出来ても近いがグラウンドの場所はわからないかもしれない。そのときは三領水門までと言えばまず間違いなく連れて行ってくれる。

食事の調達は事前に確保しておきたい。河川敷なので付近にはない。少し町中に入ればいくつか食べ物屋はある。

故梅谷利治さん作品2点譲り受ける

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10月19日に惜しまれて閉館となりました日本橋・凧の博物館。展示されていた凧の作品の中で函館市独創的な凧(たこ)作りを続けた故梅谷利治さん(1929~2017年)の作品2点をお譲りいただきました。

一品は、馬を描かれた5連凧〈オラシオン〉
2020/10/28修復
二品は、大空仮面 45連凧+1枚
2020/10/28修復

凧はだいぶ傷んでいましたが修復を終え、試し揚げを待つだけとなっています。

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平成14年1月20日新潟三越で、函館、青森物産展での5連凧〈オラシオン〉と故梅谷利治さん

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似たような作品がありました。他に牛もあるようです。

梅谷利治 (うめやとしはる)(1929~2017年)
梅谷さんは1929年、北海道函館生まれ。旧制市立中学校出身。旧陸軍特別幹部候補生として、八戸で航空機の操縦訓練を受けいている時に終戦を迎えた。60年から母校でもある旧東高に勤務し、授業にたこづくりを取り入れ、退職後は創作凧(だこ)研究所「創作凧治工房」を主宰。半世紀近くの創作活動で、干支だこだけでも3順するなど、数多くの作品を残した。

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こちらの凧は旧東高校の教諭を務めていた「たこ先生」こと故梅谷利治さんの創作凧を教え子の中田嘉明さんが受け継いだものです。

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教え子が開催した遺作展


お譲りいただきました。
馬を描かれた5連凧〈オラシオン〉と大空仮面 45連凧+1枚は近日中に試し揚げしようと思っていますのでうまく揚がりましたらブログでお知らせいたます。

連凧を創作するものとして梅谷さんの意思を受け継いでいきたいものです。

武蔵野中央公園でヨゲンノトリ八咫烏53連凧

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2020年10月29日、西東京市に用があって行ってきました。
帰りに武蔵野中央公園でヨゲンノトリ八咫烏53連凧を揚げてきました。
子供達に囲まれて楽しい一時でしたよ。

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広い公園の中で先客が一人凧を揚げていました。

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空は雲一つない晴天の武蔵野中央公園でのヨゲンノトリ八咫烏53連凧
公園管理事務所の所員にブログに掲載したいと取材されました。
揚げている周りには、子供達が集まってきて、質問攻めに
みんなかわいいね

西東京市の市役所で用を済ませて、江戸凧の濱野敏郎(92)さんを訪ねました。
事故の後遺症で耳が遠くなりましたよ言いながらも元気な姿を拝見できました。
凧揚げ大会でまた、お会いしたいものです。

岩淵水門工事と130連凧

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2020年10月27日(火)夕方になってから岩淵水門で連凧を揚げようと出かけました。
朝は、洗濯、掃除してからパソコンに向かっていると、すぐに昼、そんな毎日なので凧揚げは、ほとんど夕方になります。(主夫なのもで)

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江戸時代初期の荒川の背替えから昭和初期までは今の隅田川の流路に荒川が流れていました。今の荒川下流域は人や機械が掘って作った人工の荒川放水路なのです。
明治43年(1910年)洪水により、荒川流域に大きな浸水被害が発生しました。これを契機として、荒川下流改修計画が策定され、人工の川、荒川放水路約22kmがつくられました。

旧岩淵水門は荒川放水路ができたときに、放水路と旧河道(隅田川)との分派点に設けられ、隅田川に荒川の洪水が流入するのを制限していました。
その後、施設の老朽化が進行したこと、昭和48年に荒川の基本計画が改訂されたことに伴い、水門の高さの不足が生じたことから、全面改築されることとなり新しい岩淵水門がつくられました。
旧岩淵水門は、今は水門としての役目を終えていますが、子供たちの学習の場や、人々の憩いの場として保存されており、平成21年には荒川放水路とともに近代化産業遺産に認定されています。

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岩淵水門(青水門)は台風19号の後、傷んだところを修復など現在も工事が続けられています。
今日は、流されてきた泥が堆積して浅くなった川を掘り下げていました。

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作業している側でミラ-130連凧を揚げました。
作業している人たちも揚がった凧を眺めてくれています。

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とても気持ちよく揚がってくれました。
暗くなってきました。

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怪しい黒い雲が迫ってきます。暗くなったのは、この雲の所為です。

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今日の作業を終え、タグボートに曳かれて帰路につきます。
お疲れ様でした。

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もう直ぐ、陽が沈みます。
揚がっている連凧がとても綺麗でした。
後ろを振り返ると何人もこの様子を見ているのに気がつきました。



岩淵水門(青水門)の工事は、これからも続くようです。

元旦の凧揚げを尋ねられました。来年の元旦も初日の出とともに連凧をここから揚げます。

日本の凧の会・秋季江戸前凧揚げ会

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開催予定であった日本の凧の会・秋季江戸前全国大会は、新型コロナウイルス感染症拡大予防のために中止になりましたが、会場の「浦安市総合公園」のニコニコ広場は使用許可を取れているので自由凧揚げに開放しました。

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気温約20°Cと暖かい陽気になりましたが、風が弱くて揚げるのに苦労してました。
特に大きな凧は揚げることが叶いません。

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新型コロナウイルス感染拡大防止にご理解と協力をお願いします
いつもは、フライカイトに垂れ幕を付けるのですが、チコちゃんの凧に付けてみました。
新型コロナウイルス感染拡大防止に協力しないとチコちゃんに叱られますよ。

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揚がっていた凧の一部です。

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凧のジェット戦闘機と本物の旅客機

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万国旗の130連凧
連凧は人気ですね。ギャラリーが集まってきています。





コロナ騒ぎで凧揚げ大会がほとんど中止となり、凧揚げに来ていた凧仲間も数ヶ月ぶりの再会に楽しんでおりました。


松本城散歩

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用があって松本市役所へ出かけました。近くには、松本城があるので天気もいいので散歩してきました。

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特急あづさ5号で松本駅に到着
降りて、すぐに座った木のベンチ
しばらく座っていたかったよ

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二の丸後殿跡
敷地は約1,900坪(6,270平方メートル)、建坪は約600坪(1,980平方メートル)、部屋数は約50ありました。本丸御殿があったときは、二の丸御殿は副政庁として機能していました。本丸御殿焼失後にそのすべての機能が二の丸御殿に移されましたが、本丸御殿の3分の2ほどしかなく狭いため、享保12年(1727)3月には、二の丸にあった郡所、町所を六九町へ、大名主・大庄屋の役人会所を上土に移しています。

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北不明門近くの葵馬場から

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松本神社前の大木

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西側から埋橋と橋本城
松本城と堀を隔てた松本公園を結ぶ橋です。

平成11年策定の「松本城及びその周辺整備計画」の中では、訪れる人々に親しまれてはいるが、北面からみた天守に美観を添え、また導線を考慮して架橋されたと記載があります。
このようなことがあって、資料的根拠がなく松本城に相応しいものではないと言われています。

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内堀の南西から

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内堀の松林

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白鳥と松本城

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二の丸から本丸へ
入場料を払って黒門から本丸御殿跡

手前が本丸御殿跡
主要建物は五棟、部屋数は60余り、建坪は830坪(約2,730平方メートル)。御殿の周囲をめぐる塀は長く続いて、西では天守側と北では内馬場側を区切っています。天守築造と同時に建設されたと推定されています。藩の正政庁で、城主の居館でしたが、享保12年(1727)閏正月朔日火事により焼失しました。

御殿の南側には、御舞台、大書院、大広間等があり、能を鑑賞したり、評議をしたり、儀礼・謁見・接客等したりする所、また真ん中あたりには、御老中部屋、御用人部屋、御老中物書部屋等、藩の重臣達が執務をする場所になっていました。また北側には、御居間、御寝間、御近習番所等が配置されていて、城主の私生活をする場所でした。さらに北側には料理人等の部屋や物置が、玄関の北、東側には台所が続いていました。

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松本城天守群は、大天守(だいてんしゅ)・乾小天守(いぬいこてんしゅ)・渡櫓(わたりやぐら)・辰巳附櫓(たつみつけやぐら)・月見櫓(つきみやぐら)の五棟で形成されています。大天守と乾小天守を渡櫓によって連結し、辰巳附櫓と月見櫓が複合された連結複合式の天守です。
これらの天守群は、昭和4年(1929)に制定された「国宝保存法」により、昭和11年(1936)4月20日国宝に指定されました。

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これから松本城の天守まで登ります

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松本城内からの眺め

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最上階(天守6階)

松本城は標高590メートルの盆地内平地に位置しています。平地に築かれた平城です。城郭を囲む三重の水堀と土塁・石垣、出入り口や土塁の上に櫓や城門などを備えていました。三の丸内に武士を居住させて、防備を固めていました。

大天守と乾小天守、その両者をつなぐ渡櫓は、戦国時代末期に築造され、辰巳附櫓と月見櫓は、江戸時代初めに造られたと考えられています。豊臣秀吉の家臣、石川数正・康長父子により創建された大天守・乾小天守・渡櫓は、文禄2~3年(1593~4)にかけて築造されたというのが松本市の公式見解です。
これら三棟は、江戸の家康を監視する城として、甲府城・高島城・上田城・小諸城・沼田城とともに秀吉側の城主が配置された江戸包囲網のひとつの城といわれています。

戦国大名が領国をめぐる争いを繰り返してきた戦国時代、常に敵と戦い、敵から領国を守ることを念頭にした戦略拠点としての性格が強く、強固な城が造られました。松本城の大天守・渡櫓・乾小天守は、こうした時代の末期に、関東の徳川家康の監視という役割を負って築造されました。
このように戦いを想定した備えとして、この三棟には、鉄砲狭間(さま)・矢狭間という弓や鉄砲を放つための小さな窓を115か所設置し、一階壁面の一部を外に張り出してその床面を開け蓋をつけた、鉄砲を撃つための石落を11か所設けています。天守の壁は一・二階で約29センチメートルと厚く、また内堀幅を火縄銃の高い命中精度が維持できるぎりぎりの約60メートルとして、鉄砲戦の備えを持っています。
このように戦うことを想定した備えをもつ大天守・渡櫓・乾小天守の三棟が戦国時代末期に、それから40年後の江戸時代初期の平和になった時代に、戦う備えをほとんどもたない辰巳附櫓・月見櫓の二棟が建てられ、異なる時代にわたって建築されました。それぞれ結合された天守・櫓が複合しているのが松本城です。戦国期と江戸期という性格の違う時代の天守・櫓が複合された天守群は我が国唯一で、松本城の歴史的な特徴のひとつです。

岩淵水門(青水門)で疫病退散凧揚げ

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東京都は16日、新型コロナウイルスの感染者が新たに184人報告されたと発表した。
世界では新型コロナウイルスによる死者が110万人を突破。ヨーロッパは感染第2波に見舞われていて、イギリスでは17日から首都ロンドンの警戒レベルが引き上げられました。

一部の公園では、揚げるのを拒否されていますが、天候不良でない限り、新型コロナウイルス感染拡大防止にご理解とご協力のお願いと、疫病退散の願いを込めて凧を揚げています。

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秋の空と岩淵水門(青水門)からヨゲンノトリ八咫烏53連凧

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古い傷んだダルマ凧を修復して揚げました。

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新型コロナウイルス感染拡大防止にご理解と協力をお願いします。
前回、堀切水辺公園では、風が止まり、荒川に落ちてしまう事故がありました。今回はまだ乾いていない状態からの凧揚げとなりました。




岩淵水門(青水門)は昨年の台風19号で東京の下町を隅田川氾濫の危機から防いでくれた施設なんですよ。
流域の数百万の暮らしを守られました。東京を代表する川、隅田川。都心の住宅密集地を貫いていることから、ひとたび氾濫すれば大きな被害が出る可能性がありました。
実は、台風19号で氾濫する危険があったことが分かりました。
隅田川は、東京・北区の岩淵水門(青水門)で荒川から分岐し、下町を下っていきます。
その荒川の水位がぐんぐん上がっていったのです。
10月12日から水位が上がりはじめ、避難判断水位を突破、13日午前9時50分、戦後3番目となる7.17メートルまで上昇しました。
その荒川の水が流れ込む隅田川の堤防の高さは6.9メートルしかありません。
このときの荒川の水位7.17メートルより低く、これでは水があふれ出てしまいます。
ところが氾濫の危機は回避されました。
台風19号の大雨による隅田川の氾濫を防いだのはこの大きな水門でした。
荒川の水位が4メートルに達した場合、岩淵水門を閉めるという規則にのっとり、夜、水門を閉めます。すると、荒川から隅田川に水が流れなくなり、隅田川の氾濫が防がれたのです。
実は、今の荒川は、その隅田川の洪水を防ぐための「放水路」として人工的に掘られた川です。明治の終わりからおよそ20年をかけての大工事でした。

旧岩淵水門(赤水門)が完成したのは1924年。その後、地盤沈下などの影響で建て替えられ、1982年に新岩淵水門(青水門)が完成して以来、今回の水門閉鎖は12年ぶり5回目のことでした。