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zoom RSS 広重が描いた両国花火の浮世絵 前編

<<   作成日時 : 2018/07/12 21:35   >>

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日本の夏に欠かせない風物詩「花火」。日本における花火の歴史は、通信手段として使われた狼煙にゆきつくが、現在のような遊びや観賞用の花火が普及したのは、江戸時代からでした。江戸の花火といえば、現在の隅田川花火大会のルーツである両国橋を中心とした「両国川開きの花火」。日本の花火の歴史と共に、両国花火を描いた歌川広重の浮世絵を集めてみました。

その前編になります。

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東都名所 両国花火ノ図
歌川広重(初代) 天保11-13年(1840-42)
画面には、墨田川に浮かべられた納涼船や屋形船が数多く描かれています。今でも屋形船から両国の花火を見ることができますが、当時、船遊びは裕福な武士や町人のみに許された贅沢(ぜいたく)な遊びでした。川岸からうらやましく眺めていた人も大勢いたことでしょう。
庶民も金持ちも関係なく、どの場所からも無料で見ることのできる両国の花火は、今も昔も大勢の人がつめかける江戸の夏の風物詩と言えます。

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名所江戸百景 両国花火
歌川広重 安政5年(1858)
花火の大輪が描かれていますが、現在の花火と違い多色ではありません。鍵屋15代目の天野安喜子さんによれば、「浮世絵に残っているように、橋を浮かび上がらせるほどの明るさもなかったと思います。でも、月明かりが最高に明るいとされていた時代、人々の目にはこんな風に映っていたのでしょうね」

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江戸名所 両国大花火
歌川広重 弘化元年(1844)

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東都名所 両国花火
歌川広重 天保10-13年(1839-42)
これも広重の作品のようですが、しゃもじの様な独特な花火の描かれ方をしています。落ちて広がるような花火と言えば「冠(カムロ)」だと思われます。

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江戸名所之内 両国花火
歌川広重 天保3-5年(1832-34)

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東都両国遊船之図
歌川広重 天保3-5年(1832〜34)大判3枚組

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東都名所 両国夕涼
歌川広重 江戸時代 大判3枚組

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東都名所両国橋花火之図
歌川広重 天保6-9年(1835-38)

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東都名所両国橋すずみ
歌川広重 天保10-13年1839-42

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江戸名所水のおもかげ両国花火
歌川広重 天保10年代(1839)



中編に続く


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