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zoom RSS 歌麿の山姥と金太郎

<<   作成日時 : 2018/06/20 09:14   >>

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浮世絵師「喜多川歌麿」は、好んで「山姥と金太郎」の浮世絵を描いています。金太郎は、幼児向けの絵本などで誰もが親しんでいた人物ですね。
上の画像は、
山姥と金太郎 乳呑み
喜多川歌麿 享和年間(1801年〜1803年)

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山姥と金太郎 乳ふくみ
喜多川歌麿 享和2年(1802年)
この絵は乳ふくみと称されるもので、小さな金太郎が母親である山姥の乳にくらいついて、必死に乳を吸っているところを描いたものだ。金太郎は顔や目をあちこちに動かして落ち着きがない。そんなわが子を山姥は、慈愛の眼で見ている。この絵は、30点あまりもある山姥と金太郎シリーズの中でも、母子の情愛がもっとも素直に表現されている一枚です。

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日本の凧の会の会報の最新版95号の表紙に山姥と金太郎の絵が使われています。
凧絵の中に2015年秋田県立博物館で開催された「秋田の凧展」に出展されていた隠明寺風の版画「金太郎と山姥」です。

上記の乳ふくみの図柄がよく似ていますね。
喜多川歌麿は、同じ画題を描いた歌麿作品は50点ほど確認されています。
興味があって何点か収集したのがありましたのでご紹介します。

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山姥と金太郎 乳呑み
喜多川歌麿

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山姥と金太郎
喜多川歌麿

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山姥と金太郎 煙草のけむり
喜多川歌麿 享和1〜3年頃(1801〜1803年)

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山姥と金太郎
喜多川歌麿

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山姥と金太郎 栗
喜多川歌麿 江戸時代寛政〜享和頃(1789〜1804年)

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山姥と金太郎 かねつけ
喜多川歌麿

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山姥に面をかぶせる金太郎
喜多川歌麿

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山姥と金太郎 盃
喜多川歌麿 寛政頃

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山姥と金太郎 行水
喜多川歌麿

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山姥と金太郎 頰ずり
喜多川歌麿 寛政8年(1796年)

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山姥と金太郎 凧
喜多川歌麿

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山姥と金太郎
喜多川歌麿 寛政7年(1795年)

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山姥と金太郎 玉の絵
喜多川歌麿

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山姥と金太郎
喜多川歌麿 寛政7年(1795年)



「典型的な伝説」
金太郎にはいくつも伝説が存在する。幼児向けの絵本などで流布しているものに近い、静岡県駿東郡小山町の金時神社の伝説は以下のとおりである。
金太郎は天暦10年(956年)5月に誕生した。彫物師十兵衞の娘、八重桐(やえぎり)が京にのぼった時、宮中に仕えていた坂田蔵人(くらんど)と結ばれ懐妊した子供であった。八重桐は故郷に帰り金太郎を産んだが、坂田が亡くなってしまったため、京へ帰らず故郷で育てることにした。 成長した金太郎は足柄山で熊と相撲をする話は知っての通り、母に孝行する元気で優しい子供に育ちました。
天延4年3月21日(976年4月28日)、足柄峠にさしかかった源頼光と出会い、その力量を認められて家来となりました。名前も坂田金時(きんとき)と改名し、京にのぼって頼光四天王の一人となりました(四天王には他に渡辺綱、卜部季武、碓井貞光がいる)。
当時は丹波の国の大江山(現在も京都府福知山市)に住む酒呑童子が都に訪れては悪いことをしていたので。 永祚2年3月26日(990年4月28日)源頼光と四天王たちは山伏に身をかえて大江山に行き、 神変奇特酒(眠り薬入り酒)を使って酒呑童子を退治しました。
坂田金時は寛弘8年12月15日(1012年1月11日)、九州の賊を征伐するため筑紫(つくし・現在福岡県)へ向かう途中、作州路美作(みまさか)勝田壮(現在の岡山県勝央町)で重い熱病にかかり享年55で死去しました。
勝田の人々は金時を慕い、倶利加羅(くりがら、剛勇の意)神社を建てて葬りました。その神社は現在の「栗柄神社」です。

出生の伝説は、母親が山姥で、雷神の子供を孕んで産まれてきたとするものや、金時山の頂上で赤い龍が八重桐に授けた子というものもある。
また、「金時豆(きんときまめ)」の名前の由来でもあり、更に息子の坂田金平は「きんぴらゴボウ」の名の由来でも知られています。

「伝説の歴史的検証」
金太郎(坂田金時)という人物の実在は疑わしいともされています。
「金太郎」は坂田金時の幼名とされているが、「○太郎」という名前はむしろ成人の通称によく使われるのです(八幡太郎(源義家)など)。
藤原道長の日記『御堂関白記』など当時の史料によると、下毛野公時という優秀な随身(近衛兵)が道長に仕えていた。 坂田金時はこの公時が脚色されていったものらしく、頼光・道長の時代から100年ほど後に成立した『古今物語集』では公時という名の郎党が頼光の家来として登場しています。
現在の金太郎伝説が完成したのは江戸期であり、浄瑠璃や歌舞伎を通して頼光四天王の怪力童子のイメージが定着していったようです。例:長唄「四季の山姥」

金太郎の伝説はWikipediaの記事を借用しています。


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先日、葛飾・堀切菖蒲園へ行くことがありまして、その途中の遊歩道には、紫陽花が沢山咲いています。昨年、発見したのがハートの紫陽花が今年も見つけることができたことです。見つけると幸せが訪れるとのことです。

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そして、巨乳を思わせる紫陽花も咲いているのです。
「山姥と金太郎 乳呑み」に描かれているよりも、日本の凧の会の会報に描かれているほうが似ているようです。

見事な巨乳に思えるこの紫陽花は、柏葉紫陽花(カシワバアジサイ)と言います。






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